2005年 日本穀物科学研究会

第124回例会

2005年11月25日(金)13:30よりグランキューブ大阪(大阪府立国際会議場)にて第124回例会を開催いたしました。 
テーマ  
 『日本人好みのサワードウブレッドの開発』


講演  新しいサワードウの開発と利用
                         
(株)アンデルセンサービス
                         ジーグフリート研究所    森  治  彦

 天然酵母パンを追い求めて行くと、遂には欧米のサワーブレッドに行き着く。世界の人々が望むパンの品質は、それぞれ自らが作り出してきたものであり多様であるがその目標は同じ焦点にあろう。ここでは、従来の伝統的な技術を受け容れながら科学技術の進歩に基づく、安全、安心をも考慮した能動的な製パン技術の追及を試みてきた一例としてサワーブレッドの開発を紹介し、さらに最近の欧米でのサワードウ研究の動きについて紹介する。また、サワードウの、新しい視点からの開発と利用について話題を提供したい。

T. 天然酵母パンからサワーブレッドへ;いわゆる“天然酵母パン”は、@”天然酵母”中の微生物群、主に乳酸菌、A乳酸菌棲息源である果実等の発酵基質、B低温や長時間等、製パン条件が複雑に絡んで出現したものであり、究極の“天然酵母パン”はサワーブレッドと言えよう。なお、一般的には、”天然”の用語は排除すべきであろう。

U. パン品質への乳酸菌の働き;パン品質への乳酸菌の働きは、パンの@物性改善、A風味改善、B保存性向上への寄与の他、C機能性向上への効果が挙げられる。これらについて、演者が行ってきた開発研究の成果を例に触れてみよう。

(1) “ひろしまサワーブレッド”の開発;(日本特許第3066587号)
 食品関連有用乳酸菌の諸性質並びにサワードウ調製の各試験から、清酒の”きもと”造りに関与するLactobacillus sakei を選択し、酸耐性の酵母と共存させたサワードウ、さらに、自社パン種から分離した香味に少なからず影響を与える乳酸菌、La. hilgardii 、またはLa. plantarumで調製した各サワードウの3種を用い、マイルドサワーの“ひろしまサワーブレッド”の製造方法を確立した。
(2) “きもと乳酸菌”の呈味性向上効果;(日本特許第3643068号)
 使用乳酸菌の1株、La. sakei で造ったサワードウが他の2種の乳酸菌で造ったものよりグルタミン酸等遊離アミノ酸を、より著量に含んでいることを認めた。このサワードウを直接、または間接的に用いて調製する、より美味な食品の製造法を提案した。(3)  Lactobacillus hilgardii の胆汁酸結合能;(日本特許第3621958号)
 使用乳酸菌の他の1株、La. hilgardiiの加熱処理菌体が頗る高い胆汁酸結合能を示すことを認めた。この菌株のサワードウで作ったグリッシーニも高い結合能を示したことから、“ひろしまサワーブレッド”のコレステロール上昇抑制作用が期待された。
(4) 著量のGABAを含むサワードウ並びにその利用食品;(日本特許出願中)
 ヨーグルト乳酸菌La. delbrueckii やStreptococcus thermophilus、チーズ乳酸菌Lactococcus 属乳酸菌を用いた25mg/100g生地 以上のGABAを含むサワードウの製造法を提案した。このようなサワードウが高濃度のGABAを含むサワーブレッドなど各種の健康志向食品の有望な素材となり得ることを示した。

V. 第3回国際サワードウシンポジウム; Oct. 25 - 28,  2006  Bari ? ITALY

森 治彦氏
  
乳酸菌等を使用した発酵種の展開
                     協和発酵フーズ株式会社 食品開発研究所 井藤隆之
 近年パンメーカーでは、乳酸菌や酵母などを含む発酵種を使用した製品開発が進められている。

 これまで発酵種を使用する場合、風味改良に着目して検討が進められるケースが多く見られてきたが、昨今ではその他の発酵種の機能に注目が集まっている。今回以下の2件についてご紹介したい。

(1)日持ち向上効果
  パンは生鮮食品であり、カビや一般生菌の繁殖が起こりやすい食品といえる。古代では、流通や保存方法が発達していないことから、伝統的な発酵種を使用して日持ちの長いパンが経験的に作られてきた。これは発酵種に含まれる微生物が産生する有機酸やアルコールなどの効果によるものと思われる。現代ではイーストによる製パンが行われ、劇的に作業性が改善されてきたが、発酵時間の短縮に伴うパン中の発酵代謝物質量の低下により、カビや一般生菌数の増加する問題が発生している。パンメーカーでは酢酸ナトリウム等をパンに添加し、保存性を向上してきたが、昨今では発酵物を利用した日持ち向上に注目があつまりつつある。弊社でも発酵種に日持ち向上効果を付与した製品を発売しており、今回これらについてご紹介する。

(2)ソフト性向上効果
  パンのおいしさを構成する要素として、味、香りなどともに食感があげられる。特に日本ではソフトな食感が好まれる傾向にあり、乳化剤や酵素等を使用した対応が行われてきた。しかし近年消費者の添加物を敬遠する傾向が高まり、パンメーカーでも乳化剤を使用せずにソフトなパンをつくる取り組みがなされている。発酵種による生地物性改良効果、食感改良効果について述べる。

 

井藤隆之氏 
 
 「分級小麦粉によるサワードウの醗酵特性と製パンへの応用について」
                        
                  兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 生活・健康系教育講座 前田 智子
 我々日本人は古くから米を主食としてきたが、食生活の欧風化、生活スタイルの多様化と共に米の消費量は減少し、パン、うどん、パスタ、ラーメン等の小麦粉製品の摂取が着実に増えつつある。小麦は元来豊富なビタミン、ミネラル、食物繊維を含み栄養価の高い食材であるが、現在のロール粉砕と篩分による製粉法ではこれらの大部分が除去される。特に食物繊維は大腸癌、心臓疾患等の発生を抑制する重要な成分であるが、日常の食生活では充分に摂取されていない。しかし最近開発された改良型酒米用搗精機を用いた「分級製粉精粒法」では、小麦穀粒を外層部より中心部まで段階的に粉砕することができる。従って、従来法での製粉歩留まりの改善と栄養素を多く含む分級粉の有効利用が可能となり、美味以外の付加価値のある食材を目指すことができる。本研究では分級粉の製粉特性ならびに特にサワードウへの応用を実施し、分級粉特有の製パン方法の検討を行った。

1. 分級小麦粉の調製
 分級小麦粉はカナダ産硬質小麦1CWを用い、ドラフト分級製粉精粒法により穀粒の最外層部から中心部まで10%ずつ段階的に搗精し、8画分の分級粉を調製した。本研究では最外層部のC-1 (100-90%)、内層部のC-5 (60-50%)、中心部のC-8 (30-0%)を試料として使用した。なお、対照には1CWを通常に製粉したものをCWとし、使用した。

2. 分級小麦粉の最適製パン方法の検討
 4種類の異なる醗酵工程を含む製パン方法 (OSM; optimized-straight method, LFM; long-fermentation method, SDM; sponge-dough method, NTM; no-time method)をAACC法に準じて行い、分級粉のドウの物性及び焼成後の製パン性を検討した。長時間醗酵を伴うSDMにより調製された分級粉の混合直後のドウは他の手法よりも軟らかくなり走査型電子顕微鏡 (SEM) 写真では、澱粉とグルテンに密着した粘性物質が観察された。LFMとSDMによる醗酵直後の分級粉ドウの弾性率、粘性係数は対照強力粉 (CW) とほぼ同程度を示し、これらの傾向はSEMでも観察された。従って、長時間発酵により、分級粉は外皮が多量に存在していても通常粉と同程度の生地の粘弾性を示すことが期待された。一方、焼成後のパンについては、CWパンの比容積や保存性は製パン方法により影響されなかったが、特にC-5とC-8ではSDMにより他の製パン方法よりも有意に比容積が増加し、また保存中のパンクラムは軟らかくなり、保存中の老化抑制効果が認められた。

3. 分級小麦粉のサワードウへの利用
 既述の分級粉の性質を生かし、長時間醗酵を利用したサワードウへの応用を検討した。サワードウの調製において代表的な乳酸菌 (ヘテロ醗酵型; Lactobacillus brevisとホモ醗酵型; Lactobacillus plantarum)と酵母 (Saccharomyces cerevisiae)を用いて分級粉 (C-1、C-5、C-8) サワードウを調製した。

4. 分級小麦粉サワードウの特性
 分級粉に乳酸菌と酵母を各2%ずつ添加してサワードウを調製し、醗酵時間の増加に伴うサワードウの醗酵特性を検討した。ドウのpHは乳酸菌の種類に関わらず、いずれの試料でも醗酵時間の増加に伴い減少し、醗酵48時間後の最終pHは3.7〜4.0となったが、CWよりも分級粉では少し高めの値を示した。分級粉の総滴定酸度は、すべての醗酵時間でCWよりかなり高い値を示し、特に最外層部のC-1は全試料中もっとも高く、他の分級粉よりも2倍、CWよりも約4倍高い値を示した。また分級粉サワードウはCWサワードウよりも多量の乳酸を生成した。分級粉サワードウ中の酵母数は、いずれの乳酸菌でも醗酵時間の経過に伴いCWよりも顕著な増殖を示し、同時にもたらされた遊離アミノ酸の増加と遊離糖類の減少は、分級粉サワードウ中の酵母の増殖促進に作用したものと思われる。また、ファーモグラフの測定では乳酸菌の種類に依存せず、CWよりも分級粉ドウでは明らかに多量のガスを醗酵中に発生した。さらに、CWサワードウは酵母単独使用でもっともガス発生量が多く、乳酸菌の存在はその量を逆に低下させたが、分級粉では酵母単独よりも乳酸菌との併用により、ガス発生量はより促進された。

5. 分級小麦粉サワードウブレットの品質
 24時間醗酵させた各種サワードウを、対照強力粉CWに対して10〜30%添加し、ドウの物性と製パン性への影響を検討した。エキステンソグラムから求めた生地の伸長抵抗と伸長度の比率 (R/E) は、サワードウの添加量にかかわらず、分級粉サワーブレッドではCWサワーブレッドよりも高い値を示した。また、焼成後のパンの品質については、ヘテロ醗酵型乳酸菌を用いて調製したC-5とC-8のサワーブレッドでそれらの添加量にはかかわらず、CWサワーブレッドよりもパンの比容積を21-26%増加させかつパンクラムを軟らかくし、保存性の改善が認められた。またGC-MS分析によるパンの香気成分は、製パンに良好とされるイソブチルアルコールやベーターフェニルエチルアルコールの分布に分級粉間で差がみられ、香気成分の差別化が認められた。

以上の結果より、分級粉は長時間醗酵を伴う製パン方法によりドウの物性とパンの品質改善が可能であり、特にサワードウブレッドは、分級粉の製粉特性をより効果的に利用できる適当な製パン方法であると考え

前田智子氏


 懇親会
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